気付いたら沼に居た

沼にはまりながら日々是好日

前髪が復活してたあと100日

ラスベガスで賞を撮った映画の舞台挨拶付きの上映があったので行ってきました。

前日はうっかり取れてしまった無限大の収録に。

席が指定で着席できるって社畜に何とも優しいの極み。

紺色さんは御髪の雰囲気が変わられて、前髪が出来、もこもこっとパーマがかかってました。

下ろすと眉が見えなくなる分ほんわりするし、逆に目ヂカラで訴えてくるから顔の良さが

ヤバく引き立ち、見つめ合うと素直におしゃべりできなくなるに拍車がかかるのまき。

どうしよう明日トンチキなんだけど。

しかもこの季節が終わって出会えたって締めくくったはずなのに、

逆走するって気候みたいですけども。

 

映画、ほんとぼろぼろぼろって涙が勝手に落ちたんです。

律するほどがちがちで生きていないけど、私は適度にダメ人間なのですごく赦されたいって

ふと思うんです。逆の立場の人を見ると、自分はこう「してほしいなぁ」って言葉をかけてしまいがちになる分余計に。だから、つっちが演じるたまご農家の青年の台詞が、胸にずしんときて、

紺色さんがつっちを見つめる表情をみたらおこがましくも自分を重ねてしまって。

ゆ、赦された。あと、その気持ちをちゃんと抱えてくれるんだってところに泣いたのと。

紺色さんは、私がリアルタイムで観てきたお芝居だと(上映中に劇場に足を運んだ映画やドラマ、舞台。DVDで観た過去作とかは除いて)こう、人に引導を渡したり、立ち止まった人の背中

を押したり、メッセージを投げて相手の人生を後押しする役を沢山演じてきて。

何というか、受身になる役でしっかりみるのは初めてじゃないかなぁというのと。

どんな風に生きてきたかってところの軸をしっかり演じてくれたから、子供時代の回想が

時折出てくるときの子役の男の子が小さい紺色さんにすごくみえて。

個人的には主人公がお芝居のワンシーンをおばあちゃんと紺色さんに見せたあとに

見せられた紺色さんが、はぁっっとつくため息のシーンがめちゃくちゃ好きです。

今までに無いパーソン的な感じが。

終盤で主人公はとある人物としておばあちゃんに接して去るんですけど、それを

少し離れたところでそっと紺色さんが聞いているシーンで。

夜で灯りもなく、顔の表情が見えないんです。でも、声も出さずにぼろぼろっと涙を

落とすシーン。言葉が見つからないほどに伝わりました。

泣いた時、すぐに誰かが手を差し伸べてくれる環境ならきっとこうは泣けなくて。

 

幼馴染と観にいったんですけど、もう25年は歴としてあるわけですよ。

お互い泣いたところはみたことなかったんですけど見たし見られちゃったっていう。

コメダジェリコの生クリームが沁みました。

今日は祖母に会いたくなって(映画効果)弾丸で会いに行ってきました。

トンチキほんとどうしよう。っていうドームまであと100日→99日。